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2018'06.19 (Tue)

地震で凹む

我が家は関西圏ではないので、
地震で家族が負傷したり、家が傾いたりすることはありませんでした。

でも、地震で日本列島が大きく揺さぶられる度に、
当事者でない私のメンタルが凹むんですわ……。


これが不安障害というか、パニック障害のツライところです。

自分の身に置き換えるというか、
被災された方々が、どんなに大変な思いをしているかと想像すると、
私がウツになってしまうんですよ。

なので昨日は、ブログを書く気力が出ず、
私が知っている限りの関西圏にお住いの方々のブログを見て回り、
安否確認しておりました。

だって、ブロ友さんが心配なんだもん……。

日常のアレコレを、ブツブツ綴れる平凡な日々が、
本当に幸せなことなんだと、改めて思い知らされました。

でも、今回、1つ学習したことがあります。

私は、
基本的には会ったことないけど、
ほぼ毎日、気にかけているブロ友さんのところへ、
ネットを通じて様子を見に伺いましたが、
私の母もパートナーも、
血のつながった弟や兄が関西圏に住んでいるのに、
全く心配せず、電話1本、メール1つも入れないんですよねぇ~~~。

私が、

「普段は連絡しなくても、
 こういう時こそ、声をかけるべきなんじゃないの?」


と、母とパートナー、それぞれに聞いてみたものの、2人とも、

「何かあったら、向こうが言ってくるでしょ」

と、面倒臭がっていたのでした。

父の日や母の日じゃないですが、
いつもは年賀状だけの関係で疎遠なのだから、
何かあった時ぐらいは気にかけているって知らせたら、
好感度UPにつながるのに、
それすらしないって、もう、終わってるってことなんでしょうね……。

最後になりますが、
地震で被災された方々の生活が、
1日でも早く、普段通りに戻ることを、心から願っております。


余震で不安な日々が、しばらくは続くかと思います。
でも、こればっかりは心配しても仕方ないので、
どうか、私のように凹まずに、お元気でいてください!!!
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2018'06.17 (Sun)

父の日に思う

相変わらずユースケからは『父の日』をスルーされてますが、
既に他界した父への私の思いを書いてみます。

父は77歳の時、膀胱がんが全身に転移して亡くなりました。
かれこれ5年前です。

ガンで余命1か月を切っていることを知っていた父に呼ばれ、
私はこの家で、父と1対1で向かい合ったのですが、

「父さん、ごめんなさい。
 うちの商売が上手くいかず、
 父さんの稼いだお金を、たくさん使い込んでいます」

と、私は、椅子に座る父に土下座しましたよ。

赤字経営で本来なら店を閉めなくてはならないのに、
うちの父の退職金を注ぎ込みながら、
なんとか生き長らえていたので……。

すると父は、

「いいんだよ、お金のことは。
 お金は回っていくものだから、ちよこは気にしなくていい。
 立派にユースケを育ててくれているだけで、十分だよ」


と、労いの言葉をかけてくれました。

ほんと、今、キーボードを叩いていても、
当時の父の姿を思い浮かべ、涙が込み上げてきます。
マジ、半端じゃない金額が、店というかユースケの教育費に、
今でも流れていってますから……。

そして、父は私に言いました。

「母さんを、頼む」

この言葉は、たぶん、うちのパートナーにも、
兄にも、兄嫁さんにもかけたのでしょうが、
実質、母を看取れる人が私しかいないということは、
父も私も理解していました。

「父さん、分かってるよ。
 私が母さんの世話をするから、安心して」


父は、満足そうに頷いてくれました。

父の最期の願いをかなえるのが、
今の私の生きる目的になっています。


完璧主義で、何をしても褒めてくれなかった母よりも、
大雑把で、温かく見守ってくれる父が、私は大好きでした。

だから、父さんが長生きしてくれた方が、私は嬉しかったんですが、
仕事で多くのストレスにさらされてきた父が短命となり、
専業主婦で親の介護すらしたことのない母が長生きするのは、
まっ、自然の摂理です。

今でも母に対し、私の心の中にわだかまりがないと言えばウソになります。
それでも、父が他界した年齢になり弱ってきた母は、
私に擦り寄るようになってきたので、
許すっていうのとは違いますが、折り合いを付けるって感じですかねぇ。

父さんの願いをかなえられるよう尽力します!

これが、私が父の日に思うことなのでした。
22:01  |  life  |  TB(0)  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

2018'06.15 (Fri)

仲間が大事

昨日、2か月ぶりにユースケから連絡があり、
10分ほど喋ったのですが、
美大の2年生になったということで、
本質的な問いを投げ掛けてみました。

「実際のところ、プロダクトは、どうよ?」

こればかりは学んでみないと分からないじゃないですか。
思い込みで『できる』と想定して足を踏み入れても、
深く掘り下げたら肌に合わなかったっていうのなら、
しょうがないですもん。

そこがクリエイティブな仕事の難しいところで、
知識を詰め込み正しく活用するほうが、よっぽど簡単なんですよね。

自分の中に新しいものが湧き上ってくるのか?!

プロダクト・デザイナーって、
私にとっては、メッチャ、ハードルが高い仕事です。

すると、ユースケが、

「好き! 
 僕は、こういうのが大好き!
 楽しくてたまらない!」

という答えが返ってきました。

既に、美大で専攻を決める用紙に『プロダクト』と記入したそうで、
ユースケの学年は、インテリアが断トツ人気、
残りがプロダクトと工芸に分かれたそうです。

で、ここには書けませんが、
自分が就職したい企業も的を絞ったとのこと。

なんかデザイン業界って、インターンも絡めてマッチングするようで、
就活に関して言えば、今の時期は3年生が動き出し、
4年生は、ほぼ終わっているんですってさ。

つまり、大学2年のユースケに残された時間は1年を切っており、
今は、就活に必要な『ポートフォリオ』を制作するのに必死で、
親に連絡する余裕がない
とのことでした。

ポートフォリオとは、自分の作品を収集・整理・分類し、
就職の面接で自分を売り込むためツールのことです。

ユースケの場合だと、製品デザインとなるため、
立体作品を、そのまま持ち込むのではなく、
商品化した際の様々な角度からのイメージ写真を添付した上で、
その商品をPRするためのキャッチコピーや、
開発に至った背景、製品の原価と売り出す時の値段などなどを、
まずは2次元のカタログとして提示します。

これを、大学の授業以外でも自発的に作成し、
ある程度の数を揃えることが、必要なんですってさ。

今のところ、大学のプロダクトの授業では、
講評、かなりいい感じだそうで……。

「こういうのって一人の力じゃ、限界があるんだよね。
 だから、『就活成功させようぜ!』って、グループを作り、
 互いにアイディアを見せ合い、
 自分では気がつかなかったマイナス点をあげてもらい、
 できるだけ完成度を高めようって、頑張ってるところ」


とのこと。

う~ん、私だったら、他の人は就活のライバルって思うから、
自分のアイディアは隠しちゃうでしょうね。
でも、それだと独りよがりになり、すぐプロのツッコミが入りそう……。

己一人が勝つのではなく、
仲間で力を合わせながら、各々の勝利を掴むっていうの、
嫉妬心や猜疑心が強かった10代後半~20代前半の私には、
出来ませんでした。


【仲間が大事】

というのを、七転八倒したあげく気付いたのは、
私は30代になってからだったので、
20歳で、それが出来るユースケが羨ましいです。
22:03  |  life  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

2018'06.14 (Thu)

お祓い

この流れで『お祓い』というタイトルがくると、
皆さん、ご想像していらっしゃるでしょうが、ズバリ、

事故物件のお祓い

について、今日はブログに書いてみます。

今回は、私が暮らした火災が起きたマンションではなく、
うちの店が1階でOPENしていた賃貸マンションでのことです。

時系列に沿って説明しますと、
ある朝、うちのパートナー(寿司屋の大将)が、
いつものように朝7時、シャッターを開けようと行くと、
店の前に救急車が到着し、近所の人たちが見守っていました。

「つい、さっき、上から人が落ちてきたと」

とのことで、すぐに救急車は落下してきた人を乗せて走り去り、
連絡を受けて駆けつけたマンション管理会社の職員と掃除担当者は、
速攻で血を水で洗い流し、何事もなかったかのように片付けたのでした。

うちの店は、管理会社のスタッフとも仲が良かったので、
すぐに、事実関係を聞くことが出来ました。

  5階に1人で住む女性と別れた男性がストーカーになり、
  何度かマンションの前で、近所の人は見かけていた。
  マンション入り口はオートロックで、その隙をついて侵入した男性は、
  元カノにドア越しに復縁を迫り、元カノは断った。
  男性は見せつけるかのように、5階の非常階段の踊り場から飛び降りた。


はい、これは、投身自殺ってことになるのでしょう。

でね、私はランチの仕込みもあり、朝の10時に店に入ると、
うちの店の前に、マンション管理会社の車が停められ、
中からスタッフと袈裟を着たお坊さんが出てきました。

気になったので、掃除するフリをして外に出てみると、
人が落下した場所にお線香を立て、
お坊さんがお経をあげていました。

だいたい20分ぐらい唱えた後、
お祓いの儀式として、小さな小さな正方形の紙をパラパラと撒き、
シャンシャン棒を左右に振っていましたわ。

最初から最後まで見ていたわけじゃないんですが、
まぁ、そんな感じで一連の作業が終わると、
どこかで時間をつぶしていたスタッフが戻ってきて、
お坊さんを再度車に乗せ、送っていきました。

あまりにも迅速で、段取りがスムーズだったので、
それ専用で契約しているお寺があるんでしょうねぇ。


実は、エントランスの外側はプチ花壇でアロエとか植えられており、
その上に人が落ちてきたため、
アロエさんは今回の件で大打撃を受け、抜かれてしまいました。
もし、全身が花壇の上に落ちていたら、命は助かったのかもしれませんが、
たまたま頭部は花壇を仕切っていたレンガに衝突したのでした。

なので、お祓いが終わった後は、

アロエが抜かれた花壇に、
白い正方形の小さな紙が、少しだけ落ちている……


そういう風景でした。

このマンションの住人でも、救急車の音は聞いたかもしれませんが、
あっという間に片付けられたので、
こういう事が起きたっていうの、知らない人のほうが多いんじゃないかと。

事故が起きた時のお手本的な、管理会社の対応だと思いましたわ。

その後、元カノさんは即行で引っ越されましたし、
都会の喧騒の中、この出来事は忘れ去られていきました。

まぁ、ご近所さんは、
その男性がマンション前をウロウロしていたのを見かけており、

「20代の若い男性が、彼女に捨てられて自殺するなんて、
 彼のご両親は、ここまで育ててきたのに、
 さぞかし悲しまれただろうねぇ……」


という会話を交しました。

ご冥福をお祈りいたします。
10:55  |  life  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2018'06.12 (Tue)

続・事故物件

前回のブログで、
私たち一家が事故物件の真上の階の部屋を借りた経緯を書きました。

で、2月に火災が発生し、8月にうちが上に引っ越してきて、
10年、本来の家賃の1割引きで住み続けてきたのですが、
その10年間に、どんなことが起きたのかを紹介します。

まず、下の部屋が事故物件そのもので、
1年間は借り手がつかず空き家だったんですよね、確か。
火災から1年後の春、住む人が見つかって、
家賃が2割~3割引きで住んでいたんじゃないかと。

でね、その人は事故物件だと知って住んでいたはずなんですが、
1年未満で退去されました。
今でも鮮明に覚えていますもん。

下の部屋の人が干していた真っ赤なカバーで覆われた布団!

真っ赤な寝具に包まれて寝るというのは、
厄災から身を守る手段だったんでしょうか?

事故後、初めて入居した方が出て行かれて以降、
火事のことを知らない方が引っ越してくるのですが、
皆さん、なぜか1年ほどで出て行かれるんです……。

なんか感じるものがあったのかもしれません。

でね、古くから、このブログを読んでくださっている方、
例えば、こむぎさんとか覚えていらっしゃるかもしれませんが、
ある日、下の部屋で、また事故が発生しました。

平日の午前9時でしたかねぇ、
我が家のピンポンが頻繁に鳴り、インターホンを覗くと、
管理人さんが真っ青な顔をして立っています。

「ハイパーレスキュー隊の方が、
 おたくのベランダを使っても、よろしいですか?」


と、まず聞かれ、緊急事態だと察し了承したところ、
何が起こっているのかの説明がありました。

  うちの真下に住む独居老人が、室内で転倒し動けなくなったが、
  救急車を呼んでも、部屋に鍵がかけられており、外から入れない。
  (普通の鍵&内からかける鎖付き鍵)
  肌身離さず持っていた携帯で、近所に住む友人に連絡を取り、
  その友人が管理人室に来て、どうすれば救出できるか相談してきた。

  管理人室に合い鍵は無く、物件の管理会社が遠方だったので、
  鍵屋さんに開けてもらえるか聞くと、

  「内鍵もかかっているなら、レスキュー隊を呼んで、
   ベランダから窓を割って入るのが最善策」

  というアドバイスをもらい、消防に連絡したところ、
  
  「今すぐ駆けつけるから、
   ベランダに降りられるよう、上の部屋の方の了承を取り付けてください」

という内容でした。

私は、まず動線を確保するため、
玄関の靴やマットをはじめ室内とベランダを片付け、
電灯のぶら下がっている紐も外しました。

そして5分後、ハイパーレスキュー隊の方が6人ほど到着し、
隊長が指示を出す中、1人の若手隊員が、
高層階のベランダ越しに命綱を付け、外壁から降りていきました。
この時の紐って、隊員たちの体重で支えるんだと、初めて知りました。
私まで、

何かあったら引っ張らなくっちゃ!

って、後ろで待機しちゃいましたもん。

で、到着して3分ほどで真下の階のベランダに降り、
窓ガラスに穴を開けて中に入り、玄関の鍵を開け、
すぐに負傷した住人の方は、救急車で病院に運ばれていきました。

やっぱり、何かあるんでしょうかね、下の部屋……。

まぁ、命に別状はなかったと、後から管理人さんに聞き、安心しましたよ。
ただ、一人暮らしは無理とのことで、
その後、部屋に戻ることはなく、施設での暮らしを選んだそうです。

私が住んでいた10年間は、
下の部屋、コロコロ住人が代わっていきました。
でも私自身、火事を起こしそうになったことが2回ほどあったのですが、
なんとか未然に防ぐことができたのは、
下の階で命を落とされた方が、私に知らせてくれたんだと思うんです。


ピキ~ンッ!

って、突然、頭の中でサイレンが鳴り始め、
慌てて台所に行くと、
フライパンが加熱し過ぎて煙が上がってた……
みたいなこと、2回ありましたから。

なので、私は守ってもらっているんだと感謝し、
その方のご冥福を祈って暮らしてきました。


今となっても、その気持ち、私は変わりません。
18:41  |  life  |  TB(0)  |  CM(10)  |  EDIT  |  Top↑
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