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2017'04.27 (Thu)

私の姉御

もし自分に選択権があったら、

兄・姉・弟・妹

誰にいて欲しいか?!


って、考えたこと、ありませんか?!

私には、実の兄はいますが、
姉にいて欲しかったなっていうのが本音です。

自分が末っ子だからか、甘えられる立ち位置は捨てたくなく、
弟や妹には興味がないんですよ。
でね、兄よりは姉が良かったなぁって!

兄はねぇ……すぐイジケるんですよ。

これは、兄と妹の宿命なんですけど、
発達が男性はゆっくりで、女性は早熟なため、
兄の失敗する姿を見て学んだ妹は、兄よりも要領が良くなり、
兄はイジケます。

ずっと大人になっても当時のことを根にもってるんですよねぇ~~~。

なので、姉と妹は小さい頃は熾烈なライバル争いになるでしょうが、
それでも、自分が大人になった時はタッグを組んで物事に対処できるため、
私は、姉が欲しかったのでした。

そんな私に、運命の神様が授けてくださったのが、
これから紹介する【姉御】です。


姉御は、誰も友人がいない地で子育てをしていた私に、
いろんなアドバイスを与え、ずっと支えてくれました。

姉御とは英語のサークルで知り合ったのですが、
ユースケがキャロリン先生と出会うきっかけになったのは、
姉御が持ってきた1枚のチラシです。

そこに、キャロリンがピアノ・リサイタルを行うと書かれてあり、
なんか楽しそうだったので、ユースケ(4歳)と2人で聞きに行きました。
キャロリンは児童英語の先生でもあったので、
子どもたちに一緒に歌って踊らないかと呼びかけたところ、
なぜかユースケがトコトコ前に行き、
キャロリンの曲に合わせて踊りだしたんです。

この出来事が、キャロリンとユースケの14年に渡るおつきあいの始まりでした。

キャロリンからユースケは、絵の才能があると褒められましたし、
英語が分からなくても、なんとか通じるというのも学びました。

私の姉御は、人と人を結び付けていく名人だったんです!

他にも、学校での英語の成績がイマイチなユースケに、
英語の講師を紹介してくださいました。

実際の所、トップクラスの美大に受かったのは、
実技試験より、学科で点が取れていたのが大きかったと思っています。
それも英語で点が取れるようになったのが最大の勝因でした。

今のユースケがあるのは、姉御の人脈のおかげです。

もちろん、私も、たっくさんサポートしていただきましたよ。
42歳の時、子宮筋腫で過多月経となり、子宮の全摘で入院していた私に、
お見舞いに来てくれたのは、姉御、唯一人でした。

明日は、そんな姉御とのお別れ会です。
姉御が美味しかったという和食の店で、ランチをご一緒します。

この地を離れたら、もう会うこともないのかもしれません。

なので、いっぱい、いっぱい、感謝の気持ちを伝えてきますね!

姉御、長年、私たち一家を見守って育ててくださり、
本当に、ありがとうございました。
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11:14  |  life  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2017'04.25 (Tue)

子どもの進路

ユースケが家を出て1か月になります。

改めて思うのですが、
我が家の場合、子どもの進路には全く悩みませんでした。

1番分かりやすい方法で、人生の方針が決まって行きました。

というのも、保育園に通っていた頃から、

「この子の得意分野は物作りなので、
 そっちの才能を伸ばせたらいいなぁ……」


と、既に見えていたんです。

まぁ、消去法ですが、

運動は出来ない、記憶力も人並み、音楽は苦手

これらは保育園児の時から、見ていたら分かりました。

で、本人が夢中になり、唯一、集中力が続くのが、
工作だったんです、絵じゃないんですよ!


ブロックを積んだり、割り箸を組み合わせたり、
なんやかんや家で変なものを作っていました。

そして、年長の時、
保育園で週に1度の習い事、絵画造形教室に入りました。

この教室があるのは、ずっと前から知っていましたが、
英会話には通わせても、
図画工作にお金をかけるのは、どうかなぁ……
と、ずっとケチっていたんです。

でも、ユースケにとって最も向いているのは、
この方面なんだろうということで、
とりあえず1年間、様子を見ることにしました。

すると、楽しかったんでしょうね!

小学校を卒業するまで、7年間続けました。

それも、途中で引っ越したため、
私が車で送迎した時期もありましたし、
高学年になると、一人でバスに乗って通っていました。

で、このとき指導してくれた先生が、とても素敵な方だったことが、
ユースケのその後の人生を、しっかり支えたんだと思います。


私のような浅はかな人間にしてみたら、
絵画コンクールに出品し、賞をもらうことが目標であり、
そのためには、先生の色に染まっても仕方ないんじゃないか、
っていう意識があったんです。

それが、その先生に、ハッキリ否定されました!!!

「私は誰かに評価してもらうための作品を、
 子どもに強いる気はありません。
 本人が楽しんで自分を表現できる場を、提供しているだけです」


正直、この言葉に、ガツンと頭を叩かれました……。

お金を払っている代償が、親の私には賞状の類だったのですが、
子どもがクリエイティブになれる場だったなんて、
そんな発想がなかったからです。

もちろん私はそれを聞いて賛同したため、教室に残りました。
でも、大部分の親は、保育園児までで十分だと、去って行きました。

小6まで続けたのはユースケ1人だけでしたし、
その下の学年も、さらに下の学年も、小学生は残らなかったのでした。

好きなこと、本人が一心不乱に打ち込めることで、
お金を稼げれば、それがベストだと親として思いましたし、
保育園児の頃からユースケ自身も、
この道に進みたいと、それ以外に揺らぐことはありませんでした。


なので、進路選択に関しては、我が家は悩まなかったですね。

ただ、ユースケが目指す企業のプロダクト・デザイナーになろうと思えば、

トップクラスの美大に行かなければ門戸は開かれない!

というのが、スゴク重たい現実だったため、
まず、そこに入るというのが、最初の目標になりました。

今は、なんとか、その出発点には立てたので、
美大で、どれだけ腕を研くかにかかっています。

階段を1歩1歩上っていくしかなく、ココから先は本人次第でしょう。

親の役目は果たしましたよぉ~~~!
(莫大な学費と生活費は、4年間、払い続けなきゃなんないけどね)
19:32  |  life  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2017'04.24 (Mon)

ラーメンスタジアム

201704242.jpg

先日、プロジェクションマッピングを見た大型商業施設では、
『ラーメンスタジアム』というのを常設しています。

通称ラースタが出来て、15年近くになると思うんですが、
当時の熱気は薄れても、ちょこちょこコテ入れしながら、
細く長く生き延びています。

でね、写真の↑は、震災後に復活した気仙沼の『かもめ食堂』のものです。
震災で建物が流されたとのことだったのですが、
それ以前に、後継者不足で営業はしてなかったんですって。

でも、復興のシンボルにと、このたび店が再開したそうで、
私たちも、その心意気に打たれ、美味しく食べさせていただきました!


201704241.jpg

そして、こっち↑のラーメンは、京都の老舗の『新福菜館』のもので、
コテコテの醤油ラーメンがウリなんだそうです。

写真だと、チャーシューの上に麺が引っかかっていますが、
食べようと箸をつけた直後に、写真を思い出し、
慌てて撮影したため、このように見栄えが悪くなってしまいました。

お店の方、スミマセン。

こっちも美味しかったんですが……
長く待たされたあげく、スープが冷めていたため、
パートナーは、プチお怒りモードでした。

私が思うに、こういう催事というのは、
まず従業員のローテーションが難しく、
平日の夜に、どれだけの人を充てるかというのは、リーダーの勘です。

なので、かもめ食堂さんは、4人のスタッフがいるにも関わらず、
お客が私たちだけで、すぐに出来立てホヤホヤが届きましたが、
新福菜館さんは、厨房1人、ホールが1人なのに、
この日は半分以上の席が埋まり、ドタバタやってたんです。

見ていて可哀想だったのは、
ホールの女の子の気が利かず、厨房のヘルプが出来ないため、
私たちのラーメンも、すっかり冷めてしまいました……。


催事の特徴は、オーナーとか店長クラスは、
最初は指導の意味もあって来られるのでしょうが、
何週間も滞在するわけではないので、
現地スタッフの気が緩むというか、ダラダラになりがちです。

なので、どこまで本場の味を再現できているかは、
あんまり期待していないというのが、私の本音
です。

まぁ、来られる方も、美味しいものを食べたいというよりも、
話題作りのほうが多いでしょうしね……。
全ての店が食券を券売機で購入する形式なので、
昼は中国や韓国からの観光客の方で、ザワザワしており、
かえって日本人は、ラースタは避けているような状況じゃないかと。

ほんと、催事というのは、1週間ほどの短期ならともかく、
最低でも2か月ほど営業するとなると、売上の維持もそうですが、
昼休憩とか店休日がない中で、いかにスタッフの士気を高めるかも、
なかなか難しいなって思うのでした。
19:10  |  life  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

2017'04.23 (Sun)

男女の違い

1年ほど前、男性の芸人さん(独身)の自宅が、
TVで紹介されていたのですが、
クローゼットの下に、靴が入っていたであろう箱があったんです。

それを、レポーターの女性芸人さんが開けると、
中から、元カノとの思い出の品が、たっくさん出てきたのでした。

その男性芸人さんはモテるほうだったみたいで、

元カノ、元々カノ、元々々カノ……

歴代の彼女さん達との写真や手紙など、
まぁ、マメにとってあったのでした!


で、そのシーンを見ていた私は、TVに向かって叫んでいましたよ。

「うちと一緒だ!」

はい、昨日のブログにおいて、
私が書いたラブレターを、パートナーが今でもとってあると書きましたが、
それは私だけではなく、

私の前に4年つきあっていた彼女 & その前に7年つきあっていた彼女

との思い出の品も、一緒にとってあるんですよ。

でね、私の記憶に見覚えのない封筒、しかも写真が入っている雰囲気。
それを、結婚して間もない頃に見つけた瞬間、

「これ以上は踏み込んではイケナイ!」

と、私の中で警報が鳴り響き、
一切、その箱には触れることはしないようにしました。

見ちゃったら、どんどん気になっていくんでしょうし。

なので、パートナーが私より先に亡くなったら、
この箱も一緒に棺に納めるつもりです。

つまり、ずっと保存はしますけど、私は関わりませ~ん!

たぶん、男の人のほうが、元カノとの思い出の品とか、
大切にとっておくんだと思うんです。
ロマンチストなんでしょうね!

で、女性は、別れた時点で元カレ関連のものは捨てます!
ただし、金目のもの以外ということで、リアリストですな。
22:09  |  life  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

2017'04.22 (Sat)

甘酸っぱさ

昨晩のユースケは、私が送った例のブツを、
本来は受け取っているはずだったんです。

しかし、夕方に電話があり、

「木工の課題が終わりそうにないから、
 今日は荷物を受け取れません」


とのこと。

ヤマト運輸の配達の人に、ご迷惑をかけるのは心が痛むため、
あらかじめユースケの都合を聞いて出したのですが、仕方ないですね。

木工の課題は、『木で椅子を作る』というもので、
作りたい椅子のイメージをスケッチし、ミニチュアを作り、
それから木を切って組み立てるという作業をするとのこと。

しかし短期間で仕上げねばならないため、
木工を選択した人は夜遅くまで工房に残り、
作業に従事しているんですってさ!

でね、昨夜9時過ぎですわ。
私の携帯にユースケから電話がかかってきたので、
いつも通りに出たのに、私が話しても応答してくれないんです。

ひたすら、ユースケの声を含む外からの会話が流れてくるんですが……

つまり、誤って携帯が私にかかってしまったことを、
ユースケは、気付いていないという状態
だったのでした。

切ろうかと思いましたが、なんか楽しそうな会話が流れてくるので、
5分ほど、フムフムと聞いておりました。

どうも大学からの帰り道に、男女数人でお喋りしているようだったんですが、
ユースケが『方言の話題』を持ち出し、盛り上がっていました!

九州、関西、関東、北海道……

これらの地域から来た学生が一緒に帰っていたようで、
各自が方言について、面白いネタを披露していました。

「北海道ではね、
 『捨てる』っていうのを『投げる』っていうのよ」


とか、私も、フ~~~ンって、聞き入っちゃったのでした。

いいねぇ、
青春は甘酸っぱくて、
聞いている私が、恥ずかしいわ!


というところで、ユースケからの着信を切ったのでした。

でね、その日は、もう一つ、
甘酸っぱくて小っ恥ずかしいことがありまして、
引っ越しのために押し入れの片づけをしていた時のことです。

私の見覚えがない小さな箱が出てきて、
それには、パートナーの思い出の品が詰め込まれていました。
例えば昔の写真とか、前の職場の給料明細とか。

私は詮索する気はなく、そのまま段ボール箱に入れようとしたところ、
1枚の紙が箱の下に落ちていたので、拾ってみると、

なんと、
私が彼に宛てて書いた、
ラブレターでした……。


捨てずにとってあったんですね。

私は反射的に箱の中に入れ、過去を封印したのですが、
チラッと見えた私の文字が、ブリブリにカワイコぶっていたんですよ。

今の私では考えられない丸っこくて小さくて丁寧な文字は、
まぁ、愛が詰まっていたんでしょう、当時は!

はい、誰にでもある青春は、甘酸っぱいものなのでした。
20:26  |  life  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑
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