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2011'02.28 (Mon)

神と世間

アメリカの刑事ドラマで、こういうシーンがありましたとさ!

刑事は、自分の彼女を殺した犯人を捜査中に、
相手が銃を手放していたのに、射殺してしまいました。
刑事は、現場を誰も見ていなかったので、正当防衛となり、
お咎めはなかったのですが、良心の呵責に悩みます。
その時、そのことを打ち明けられた彼の上司が、

「それは君と神の問題だ。私は司祭じゃない。
 私が知りたいのは君を信頼できるかだ」

と、彼に告げ、彼も、

「一線を越えた。それを背負って生きる。でも同じことは2度としない。
 今大事なのはあんたの信頼を取り戻すことだ」

ということで、立ち直るんですね。

そのシーンを見ていて、やっぱり『神』って存在が、
宗教が支えになっている人には、すごく重要で、
誰も見てなくても、神が見ていて裁きを下す……
という心理状況になるんですね。

と、同時に思ったのは、
宗教がイマイチあやふやな日本では、神の代わりに、
『世間』の存在が物差しになっているんだろうなって!

はい、ユースケが保育園に通っていたころ、
バザーの打ち上げで飲み会があったんです。
その時、あるお母さんが、
夫とうまくいっていないという話を始めたんです。
酒の席だったので、酔いの勢いもあったんでしょうが、

「本当に好きな人とは結婚できなかった。
 彼は結婚しようと言ってくれたけど、
 私たちの出会いはテレクラだった。
 テレクラで知り合った人と結婚するなんて、
 どんなにいい人であっても、世間体が気になり、
 私にはできなかった」

という内容だったんです。

で、その男性に今も未練があり、メールで連絡をとっている云々。
と、続くんですが、その話を聞いていて、あたしだったら、

別にテレクラで知り合ったって、結婚していいじゃん!
互いの背中に『出会いはテレクラ』って書かれてあるわけじゃなし。
友人の紹介とか、テキトーに言っときゃ、すむ話じゃん!

と、思うんですが、
彼女は世間体という良心の呵責に悩み、別れを決断したんですね。

なんか、『神』が出てきたらカッコイイような気もするし、
『世間体』とか言われたら、ジメジメしてるような感じもあるし、
人は何を基準に、良心の呵責に悩むのか?!
人、それぞれなんでしょうが、私だったら何かしら……

やっぱ日本人だから、世間体なのでしょうか。

確かに、今、ユースケの卒業式に私が着ていく服のことで、
ほんと、悩んでますもん。
金がないから買いたくないし、
でも、周囲から浮いてるのも恥ずかしいし……

あぁ、私、SかMかって聞かれたらSなんですが、
世間体には縛られております。
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