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2014'03.31 (Mon)

命の循環

20140331.jpg

この桜の写真、どこから写したと思います?!

中学校の理科室なんですよ。

今日は、ユースケが所属していたソフトテニス部のお別れ会だったんです。
午前中は、先輩 vs 後輩 でテニスの試合をして、
午後から、中学の理科室で弁当を食べながら歓談するというものでした。

うちの店が、昨年、お弁当を担当したのですが、
ぜひ今年も!と、依頼があり、これで最後だからと、
今朝、私と大将で早朝から45個のお弁当を作りました。

そして、配達したついでに、中学の理科室(2F)の窓から覗く桜を、
パチリ!と、撮影してきました。

さて、昨日の日記では、私の父の命が閉じようとする姿を書きましたが、
今日の日記では、私の息子が命の輝きを放った瞬間について書こうと思います。

昨日の日記を読んだ方は、きっと疑問に思われたことでしょう。
親の最期が近いのであれば、娘なら泊まり込みで傍にいることも出来ただろうに。

私も、父の死のタイミングが少しでもズレていたら、
母を支えるためにも、父の傍にいたかったのですが、
ちょうど、その時期がユースケの中体連と重なってしまったのです。

父が亡くなった日は、ユースケの中体連の個人戦の翌日でした。

中学に入学してからというもの、部活に情熱を注ぎ、
7時に家を出て朝練、19時30分まで放課後練というほど、
ユースケはソフトテニス部で頑張ってきました。

だからこそ出来る限りのことをテニス部保護者一同でしたいと、
中体連で使用されるテニスコートを、直前の3日間は夜間に借り、
足を慣らしたり、ボールのリバウンドを確かめられるようにしていました。

そういう時期に、たまたま父の最期が重なってしまい……
私は放課後のテニス当番もありますし、
精神的にユースケを動揺させたくないこともあって、
父ではなく息子の傍にいることにしたのです。

母は私の考えに異を唱えましたが、父は賛同してくれました。

「死にゆく者の傍で死を待つのではなく、生きていく者のために時間を使いなさい。
 父さんが死んだら、葬式やらなんやかんやと忙しくなる。
 おまえは余力は残しておきなさい」

幸い、私の兄が東京から週末は駆け付け、病室に泊まると言ってくれたので、
父と母のことは兄に任せ、私は息子の傍にいることにしました。

私は自分の役割を、命をつなぐことだと思っています。

父のような上の世代から、息子のような下の世代へと、
上手に命を循環させるのが、間にいる私の務めです。

今、まさに77歳で消えようとしている父の命の灯、
今、まさに15歳で輝きを放とうとしている息子の命の灯

私は、この狭間を行き来しながら、
自分に出来ることは、消える命と輝く命の間を結ぶことだと思いました。

なので、私は中体連の試合が行われた日曜日、
兄の携帯に、ユースケが個人戦のトーナメントを勝ち抜いていく様子を、
1試合、1試合、報告しました。

父は孫の活躍をベッドで聞き、頷いていたそうです。

また、私もユースケに、兄から送られてくる爺ちゃんが孫を応援する声を、
テニスコートから出てくるたびに聞かせました。


そして、その晩、兄に看取られて父は天国へと召されたのです。


父が亡くなった場所は、私がユースケを里帰り出産した病院でもあり、
父が亡くなった日は、私がユースケを出産した日でした。

父が亡くなった日の15年前、同じ場所(病院)で、
私は陣痛に苦しみながら朝方に息子を出産しました。


父の命日が息子の誕生日、これも何かの縁なのでしょう。


父の命は、私を通過して、息子へと受け継がれていきました。




あぁ、そんなことがあったなぁ……





今日、後輩とテニスの試合をするユースケを、弁当の配達のついでに見ていたら、
今、父も一緒にユースケを見つめてくれている、そんな気がしたのです。

中学校で咲き誇る満開の桜と共に、明日から高校生となる孫を、
父は、優しく暖かい眼差しで包んでくれている……

私は、そんな気がしたのです。
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