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2015'05.31 (Sun)

天国から見てみたいもの

一昨日のブログに、
奥さまが先に他界した時の、残された夫の心情というものを書きましたが、
もし、私が自分のパートナーより先に天に召されたら、
ぜひ、空から見てみたいものがあります。

私が亡くなった後、パートナーは、どっちに転んでいるかなってね!

「ちよこに、あの時、もっと、こうしてあげればよかった」

と、一緒にいた日々を振り返り、少し悔やんでいるか?
それとも、

「ちよこは俺と結婚して、いい人生を送った幸せ者だ!」

って、豪語しているか?

私が思うに、先に亡くなった連れ合いに対し、

反省の弁を述べるのか?  自己満足に浸るのか?

ここで、夫婦の愛の結果みたいなのが1つ、見えてくるかなってね。

以前、こんなことがありましたが、
パートナーの両親の場合、義母さんが先にガンで他界したんです。
まだ義母は63歳と若かったですし、
義父からDVを受けていたことを知っていた近所の人たちの間では、

「あそこの奥さんは可哀想に、ご主人に殺されたようなもんだ」

って、ウワサされており、私も実際、耳にしたことがあります。

なので、義父は先に亡くなった妻に対し、
『~~してあげれば良かった』 というように、反省しているのかと思いきや、

「あいつは俺のような素晴らしい夫に出会え、なんていい人生だったんだ!」

って、ご近所に触れ回っていたので、

「奥さん、これじゃぁ、浮かばれないね……」

と、またまたご近所で、ウワサの続編が広まっていたのでした。

そりゃね、連れ合いの死というのは、
自分のキャパシティ(能力の範囲)を超えるかもしれない出来事ですから、
自分を守るために過去を美化するという作業、分からないでもないんです。

妻を蹴ろうが、罵声を浴びせようが、そして妻が泣いていようが、
義父の中では、全て【自分が正しい】と変換され、
DVの事実を突き付けても、真っ向から否定するだけでしたから。

でね、うちの母も、やはりキャパシティが狭いからか、自己擁護のために、

「お父さんは、私と一緒になって、本当に幸運な人だった」

って、私に言うんです。

「私が、お父さんの親戚とお付き合いしていれば、
 家族葬に、お父さんの親戚も呼んであげられたのにね」

とか、反省の弁があっていいと思っていましたが、
うちの母も、全て【自分が正しい】と、変換されていました。

ほんと、ちったぁ現実を受け止めて、歴史認識を正しく持とうよ!
って、思わないわけでもないのですが、
過去って、今を生きる人たちに、都合のいいように作り変えられていくものです。

夫婦の間であっても、国同士であっても、
やってることは、同じなんですよねぇ~~~。
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